Ⅰ. なぜ、現在、グローバルコンプライアンスなのか?
不確実性の高まる時代において、グローバル展開を行う企業はもちろん、海外に拠点を有しない企業や中小企業においても、海外の法規制やソフトローを含む国際的な基準の影響を受けるリスクに直面しており、「グローバルコンプライアンス」対応が重要になっています。
なぜ、現在、グローバルコンプライアンスなのか、その背景としては、以下の3つの現象が挙げられます。
① ルールの国際的交錯
企業活動のグローバル化・デジタル化の急速な進展の下で、企業活動がもたらす社会への影響や課題も国境を越えた広がりを持つようになっています。このような問題に対処するために、各国政府は、様々な手法により、自国のルールをその法域外の企業活動にも適用するようになっています。時として、このようなルールの域外適用は、本来の法目的の実現に加えて、様々な政治・経済・外交上の背景や利害関係の下で実施されることもあります。
② ルールの多様化
企業に影響を与えるルールは、政府による規制のみならず、企業間の取引条件、調達基準、投融資基準などのソフトローを含め多様化しています。その結果、政府のみならず、投資家・取引先・NGOなどの様々なステークホルダーの行動が、ルールの形成・執行に影響を与える可能性もあります。
③ ルールの不安定化
現在、感染症拡大や気候変動の危機、保護主義・権威主義の台頭、テクノロジ―の急速な進展、貧富の格差の拡大による社会の不安定化などを通じて、これまで企業環境を規定してきたルールの正当性そのものに対する信頼にも大きな疑義が生じ、ルールの不確実性が高まっています。
Ⅱ. グローバルコンプライアンスとは何か?
以上のような企業を取り巻く状況を踏まえると、「グローバルコンプライアンス」とは、適用される各国の法規制の要求事項をチェックリスト方式でつぶしていく単調な業務としては捉え切れないことがわかります。むしろ、ルールが国際的に交錯・多様化し、不確実性が高まる環境において、企業が直面する法規制上のリスクを多角的に分析し、関係者とコミュケーションを図りながら、効果的・効率的な対処方法を模索していく、知的でダイナミックなミッションといえます。
企業におけるグローバルコンプライアンス対応力の向上は、責任ある企業行動を促進することに加えて、企業のインテリジェンスとレジリエンス(強靭性)の双方を高め、積極的なビジネス展開の推進を支える観点で、企業価値・企業経営に直結した取組ともなります。
また、私たち一人ひとりがグローバルコンプライアンスの専門性を高めることは、何人に代えがたいプロフェッショナルとして組織や社会に対する付加価値を確実に高めていくことにもつながります。
Ⅲ. グローバルコンプライアンスの対応力や専門性を高めるためには?
拙著「グローバルコンプライアンスの実務」(2021年 きんざい)は、皆様がこのような「グローバルコンプライアンス」の専門性を高めていく一助となるべく、経済制裁・輸出管理・AML/CFT・贈賄防止・競争法・データ保護・サイバーセキュリティ・サステナビリティ(環境・労働・人権)などの主要分野でのルールの国際的な交錯・多様化の動向を解説した上で、企業の実務対応をわかりやすく解説しています。
ソフトロー・調達基準・投融資基準などルールが多様化する中で、グローバルコンプライアンスは、法務・コンプライアンス担当者や法律家のみが扱うものではなくなっています。同書も、法務・コンプライアンス・サステナビリティ・経営戦略・監査・人事・調達・広報などの分野に関わる企業関係者、法律家その他の専門家、これらの企業内外のプロフェッショナルを目指す学生・社会人の方々を広く読者対象としています。
Ⅳ. グローバルコンプライアンスの実践のための3つのポイント
グローバルコンプライアンスを効果的に実践するためには以下の3つのポイントが重要であり、「グローバルコンプライアンスの実務」でも具体的に解説しています。
1 ルールの国際的交錯・多様化の類型
ルールの国際的交錯・多様化の企業への影響は様々な方法で生じています。
第1部では、ルールの国際的交錯を、A)各国規制の現地適用、B)規制の域外適用、C)規制の調和、D)経済制裁・貿易制限措置、E)サプライチェーン・取引管理規制に類型化し、各類型においてどのような形で海外規制が日本企業にも影響を及ぼすのかを、図表や具体例を用いて説明しています。
また、ルールの多様化を、a)政府の法規制、b)ソフトロー、c)契約条項、d)調達基準、e)投融資基準に類型化し、各ルールがどのように相互に関連しながら企業に影響を及ぼすのかを、図表や具体例を用いて説明しています。
その上で、第2部において、各コンプライアンス分野について、どのように国際的交錯・多様化が生じており、どのような対策が必要なのかについて具体的な解説を行っています。
2 グローバルコンプライアンス対応における10の重要視点
グローバルコンプライアンス対応における10つの重要視点としては、①リスクベース・アプローチの採用、②リスク評価における学際的アプローチ、③インパクト評価、④シナリオ分析、⑤海外子会社管理、⑥サプライチェーン等の取引先のデュー・ディリジェンス、⑦サプライチェーン等の取引先との契約条項の導入、⑧内部通報・苦情処理制度の整備、⑨非財務情報開示とステークホルダーとの対話、⑩ルール形成への関与が挙げられます。
第1部において、これら10の重要視点の内容を説明しています。これをふまえつつ、第2部において各コンプライアンス分野における具体的な実務対応を説明すると共に、第3部において実践にあたっての実務上の工夫を説明しています。
3 グローバルコンプライアンス各分野の異同・関係性
グローバルコンプライアンス対応にあたっては、各分野に関して全く独立して個別に対応するよりむしろ、各分野の関連性や対応方法の異同を意識して、統合的に対応することが有益です。そのことにより、重複を省き効率性を高めるばかりではなく、対応の相乗効果を発揮し実効性を高めることにもつながります。
このような視点から、第3部においては、次の特に関連性を有する分野の関係性や対応の異同を解説しています。①経済制裁と輸出管理、②経済制裁とAML/CFT、③経済制裁と贈賄防止・サイバーセキュリティ・人権、④AML/CFTと贈賄防止、⑤贈賄防止と競争法、⑥データ保護と経済制裁・AML/CFT・贈賄防止・競争法、⑦贈賄防止と環境・労働・人権、⑧競争法とデータ保護・労働・人権、⑨データ保護とサイバーセキュリティ
Ⅴ. 不確実な時代に立ち向かうために
以上で説明した「グローバルコンプライアンス」の概念は、当職の経験をふまえた執筆時点での一つの解釈であり、当職もまた、今もなお、実務への関与を通じて学び続けている立場にあることにご留意ください。
拙著が、皆様におかれて、それぞれの経験・役割に応じた「グローバルコンプライアンス」の専門性を確立し、不確実な時代に立ち向かうにあたっての一助となることを願っています。
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