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ウクライナ危機で問われる経済制裁コンプライアンスとESGリスクマネジメントの強化



 以下は、トムソン・ロイター社のAsian Legal Businessから、2022年5月に、ウクライナ危機をふまえた経済制裁コンプライアンスとESGリスクマネジメントに関してインタビューをいただいた際に解説した内容を編集して報告するものです。
 インタビュー動画「Geopolitical Risks and Corporate Japan(地政学リスクと日本企業)」はこちら、インタビュー記事「ロシアと中国をめぐる地政学的リスクの増大に対応する日本の法律事務所」(Asia Legal Business 2022年6月号)はこちら からご参照ください。



 ウクライナ危機でこれまで企業からはどのような相談がいちばん多かったでしょうか。また、それに対して先生はどのような助言をされましたか。

 私は、以前より経済制裁・輸出管理などのコンプライアンス分野における外国規制の域外適用への対応を海外の専門家とも連携しながらサポートさせていただいており、2021年11月には、「グローバルコンプライアンスの実務」(金融財政事情研究会)という本を執筆させていただく機会もありました。

 特にウクライナ危機を契機として各国の経済制裁規制が急速に強化していることもあり、現在、経済制裁コンプライアンス対応に関するご相談が非常に多い状況です。有難いことではありますが、今年の3月・4月は自分の弁護士としてキャリアの中で最も密度の濃い時間となりました。

 ウクライナ危機においては、欧米と歩調を合わせる形で、日本政府も前例のない形で経済制裁を強化しています。そのため、日本の外為法の動向やこれに対する対応に関してご相談をいただいています。

 一方、米国は、従前よりOFAC規制という経済制裁規制を、日本企業を含む非米国企業に対し積極的に域外適用したり、米国市場へのアクセスを制限する二次的制裁を科してきました。ウクライナ危機においても米国はロシアに対する経済制裁を率先しており、日本企業も米国OFAC規制に対応せざるを得なくなっています。

 ウクライナ危機で特徴的なのは、一部の分野では、英国・EUが米国以上の広範な経済制裁をロシアに対して科していることです。また、各国で輸出管理規制も強化されており、経済安全保障の観点からも規制の遵守が重要になっています。これらの規制の動向や日本企業に対する影響に関してもご相談をいただいています。

 また、ウクライナ危機は、人々の人権の問題にも重大な影響を生じさせており、ESGの観点からレピュテーションマネジメントについてもご相談を受けております。



 先生の助言に、クライアント企業は積極的に取り組んでいますか。それとも困難を感じているでしょうか。

 特に経済制裁コンプライアンスについて、日本企業や金融機関は非常に真摯に取り組んでいらっしゃいますが、困難を感じている企業も多いと思います。それは3つの理由があります。

 第1に、外国の経済制裁の域外適用のリスクをどのように評価すればよいのか不確実な点があることです。

 第2に、制裁の内容が日々刻々と変化しており、新たな規制の内容の解釈についても不確実な点があることです。

 第3に、ウクライナ危機において、日本企業が日常的に取引関係のあるロシアの主要な企業・金融機関が制裁対象に指定されており、日本企業のビジネスに直接の影響があることです。



 ウクライナ危機は経済制裁のような法規制の観点のみならず、ESGの観点からも企業にリスクを生じさせていますが、どのように対応することが重要でしょうか?

 企業を取り巻くルールが法規制のみならずソフトローを含めて多様化しており、ステークホルダーの動向が企業に大きな影響を与えていることをふまえて、私は、グローバルコンプライアンスと並行して、企業のSDGs/ESG経営もサポートさせていただいております。2022年5月には「SDGs/ESG経営とルール活用戦略」(商事法務)という本を出版させていただきました。

 この本でもご説明させていただいていますが、ウクライナ危機のような国際紛争は、必然的に紛争に巻き込まれた人々に対する人権侵害を伴います。企業が紛争に対してどのように立ち振る舞うかは、企業のレピュテーションにも大きな影響を与えかねない問題になっています。

 企業が地政学的な問題を対処する場合、関連する経済制裁や輸出管理規制に対応し、その法規制上のリスクを管理することは当然不可欠です。一方、グローバルコンプライアンスを専門とする弁護士として自戒を込めて言えば、逆説的ではありますが、規制対応やリスク管理ばかりにとらわれすぎないようにも留意する必要があるとも感じています。企業が規制に対するチェックリスト的な対応に終始すれば、そのような企業の対応が、紛争により影響を受けている人々を置き去りにしていないかステークホルダー等から強い疑問や批判が生じる可能性があります。

 不確実性が高まる時代であるからこそ、企業がステークホルダーや社会との関係でどのような役割を果たせるのか、企業の存在意義(パーパス)を常に意識する必要があります。人権への負の影響を評価し、対処するという人権DDを実施することも有益です。ウクライナ危機などの国際紛争をふまえた企業の意思決定に関して、企業の存在意義や人権尊重との関係で一貫性のある説明をできるように準備しておく必要があります。



 ウクライナ危機は日本企業が生き残るために乗り越えなくてはならない試練なのでしょうか。先生は法的な観点からどのように考えられますか。また、企業にプラスの効果があるとしたら、どのようなものでしょうか。

 ウクライナ危機は誰にとってもチャレンジではありますが、困難を直面することは避けることはできない状況である以上、日本企業においては、グローバルコンプライアンスやESGリスクマネジメントといった実務を高度化し、企業のインテリジェンスとレジリエンスを高めるチャンスとも捉えていただければと願っています。

 企業が取り巻く環境の不確実性の高まりは、ウクライナ危機にとどまりません。米中対立やミャンマー問題など各国で国際的な紛争が生じているほか、気候変動・コロナという2つの地球規模の危機にも直面しています。貧富の格差が拡大し、社会が分断化され、不安定化しているとも言われています。今回のウクライナ危機を契機として、グローバルコンプライアンス、ESGリスクマネジメントの実務を高度化することで今後、危機に直面した際にも迅速で的確な判断ができるようになると思います。



 今後、一般的に最も懸念されているのは、日本経済と深い関係を築いてきた経済大国である中国が、何らかの形でロシアに味方をしていると西側諸国にみなされ、対中国でも経済制裁が行われることだと思います。先生はどのような経済制裁がありえると思いますか。また、そうなった場合に備えて日本企業が取っておくべき法的な対処にはどのようなものがあるとお考えでしょうか。

 ウクライナ危機以前から、米中の対立などを背景として、米国は、中国に対して、香港関連、中国軍事産業関連、新疆ウイグル問題関連で様々な経済制裁を科してきました。これに対して、中国も、欧米制裁に対する対抗措置として、域外適用法令ブロッキング規則や反外国制裁法を導入しており、日本企業は米中規制の間で板挟みになっています。今後、中国とロシアの取引関係が深まれば、欧米の中国に対する経済制裁などの法規制がさらに強化される可能性はあります。

 経済制裁などグローバルコンプライアンスの観点では、企業が取るべき法的対応としては、リスクベースの経済制裁コンプライアンスやデュー・ディリジェンスを強化することです。制裁対象者などが取引に関与するリスクを予め探知することで、そのリスクを適切に緩和することができます。リスク緩和の方法は、取引解消のみではなく、リスクの程度によっては表明保証条項の導入や厳格なモニタリング措置を実施することなどにより取引を継続できる場合もあります。また、万一違反取引が発覚しても、適切なコンプライアンスを実施していれば処罰が減免される場合もあります。

 ESGリスクマネジメントの観点では、企業活動の人権に及ぼす影響を評価・対処する人権デュー・ディリジェンスを実施することが重要です。紛争のリスクが存在する地域との取引については、たとえ企業自身が人権侵害を引き起こさなくとも、構造的な人権侵害の問題と関係を持ってしまう可能性が高いことから、より厳格な人権DDが必要です。しかし、ビジネスと人権国連指導原則などの国際規範は、直ちに人権侵害リスクの高い紛争地域と直ちに取引を解消することまでは要求していません。取引を解消すれば人権侵害を放置し、地域を取り残してしまうことになりかねないからです。取引を解消する前に、人権侵害の是正に向けて影響力を行使することを求めています。



 米国とアジアにひきさかれた日本はこれまでも、イランの石油輸入大幅削減を強いられるなど、問題が起きるたびに板挟みに苦しんできました。今回のウクライナ危機に関して、これまでと違う点があるとしたらどのようなことが上げられますか。

 ウクライナ危機については、ロシアという国連安保理の常任理事国が関与する紛争であるという観点で、イランや北朝鮮の問題とは異なり、国連を通じた紛争解決や経済制裁などのルールの統一化がより一層困難な問題となっています。中国とロシアの関係が強化されれば、より一層問題は深刻化するでしょう。その意味で、日本企業は、特定の国の制裁に対応すれば、他の国でのビジネスが困難になるという板挟みの状況が続くことになると思います。このような中では、グローバルコンプライアンスや地政学リスク対応の実務を高度化し、法規制リスク・地政学リスクを多角的に評価し、これに適切に対処しつつ、事業を存続させるための最適解を模索し続けていく必要があります。
 一方、人権尊重やESGリスクマネジメントの観点では、ビジネスと人権国連指導原則などの国際規範が、企業の行動基準として広く認識されるようになっています。企業として、ステークホルダーの人権尊重を企業のパーパスの一つとして掲げ、欧米か中国・ロシアかではなく、世界が承認した指導原則に準拠し、人権DDを実践していくことは、政治的な紛争に巻き込まれないための砦にもなるかもしれません。
 難しい局面が続きますが、私も、可能な限り、クライアント企業の皆様や国内外の専門家の皆様と一緒に悩み、効果的な対処方法を模索してまいりたいと思っておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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